結婚式の向こう側

最近はめっきりお仕事の報告ばかりで
じぶんのなかにある気持ちを言葉にする機会も減ってしまっていて。
そんなんじゃだめだ、とおもいつつ、日常に追われていました。

でもやっぱり言葉にしたい想いはずっと心にたぎっていて
ときにダムが崩壊するように言葉が溢れてくる時があります。


春になると増える テレビや雑誌の結婚式の宣伝を見ていると
とっても素敵な言葉が並んでいてなんだか圧倒されてしまいます。
(ここに例を出すとホラいろいろと問題があるから書かないけどさ。)

わたしは基本的に結婚式の1日を
そんなにスペシャルすぎる日だとはおもっていなくて、
「日常の延長にあるすこしだけ特別な日」だとおもっています。

だって、結婚式の向こう側には
結婚生活というすごく普通の日々が待っているのを知っているから
結婚式がスペシャル過ぎると なんだかその後の生活が色あせて見えちゃいそうで。
ほんとうは、結婚生活こそが幸福なものあってほしいのに。

個性的であること お洒落であることを目的にして
「やりきった!」という想いだけで満たされる結婚式ではなく、
結婚式が終わった後「こんなに素敵なひとたちに囲まれているわたしたちは幸せだ」と
いつもの日常がもっと色鮮やかに見えるきっかけの一日になってほしい。
それってすごく幸せなんじゃないかなっておもいます。

そのためにも 結婚式の準備期間は、
じぶんたち夫婦のことを見つめるのと同じくらい
ふたりを囲むたくさんのひとのことをしっかり見つめてほしいとおもっています。

これらはずっと言い続けている基本の姿勢であると同時に
ここ最近のとっても温かい結婚式を終えて改めておもった、素直な気持ちです。


「そんなことまで考えなくていいよ」
きっとそういう軽やかな新郎新婦も多くて、それもひとつの正解だとおもっています。
むしろそれくらいの力の抜け具合でしたほうが 自然とうまくいくような気もしています。

心配なのは 肩に力が入りすぎているパターン かなあ。
流行や見栄えだけに振り回されないで、と、背中をさすってあげたくなるような。

そしてそんな中、わたしのところに来てくださる方は
きっとふつうよりもすこしだけ、じぶんのことだけではなく
相手のこと 家族のこと まわりのひとのことを考えすぎちゃう人なんだとおもいます。
その結果「みんなのためにどんな結婚式にしたらいいんだろう?」って、わからなくなる。
そしてわたしのところに助けを求めに来てくれる。

だからわたしは、そんなひとたちの「駆け込み寺になりたい」と
ずっと言い続けているんだとおもいます。

結婚式自体がスペシャルなのではなく
結婚式を通して、そのあとの生活がもっとスペシャルになるような結婚式。

そんな結婚式に、これからも寄り添うことができますように。

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